ケルビム法律事務所

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専門家の力―トリカブト事件

2022-08-22

1 事実関係

(1)急死
1986年5月19日、夫と妻は新婚旅行先の沖縄に到着、翌20日、妻の友人3人も沖縄に合流。石垣島に向けて出発直前、夫は、急用があると言って不参加。
正午過ぎ、石垣島に到着し、ホテルに直行、チェックイン。しかし、妻は、移動の車中から大量の発汗、悪寒があり、手足のマヒも生じ、救急車で病院に。到着前に心肺停止。一度も正常な拍動に戻らず、15時4分死亡。
行政解剖の結果、死因は急性心筋梗塞。もっとも、解剖を担当した当時の琉球大学医学部助教授の大野曜吉氏は急死に至る病変を認めなかったことを不思議に思い、心臓の一部と血液30㏄を保存した。

(2)保険金支払請求
夫は、妻を被保険者、受取人を夫とする生命保険に4社合計保険金1億8,500万円に加入。保険会社は、被保険者に告知義務違反ありとして支払いを拒絶するも、一審の東京地裁は、保険各社に対し保険金の支払いを命じた。
しかし、二審において、大野氏が被保険者に毒殺(トリカブトに含まれるアコチニン毒)の可能性ありと証言。夫は訴えを取り下げる。

(3)解けない死亡時までの1時間40分経過の謎
別件の横領事件で逮捕勾留された夫に対し、殺人事件でも立件したい警察・検察であったが、アコチニンの毒性は即効性で、妻がビタミン剤服用後、死亡に至るまで、1時間40分の経過が壁となった。
しかし、本件は、連日報道されるテレビのワイドショーを通じ、夫にクサフグを大量に売ったという漁師が現れ、トリカブト以外に、クサフグに含まれるテトロドトキシン毒も使われた可能性が大きくなった。
それでも1時間40分の経過というハードルは残る。

(4)法医学者大野曜吉氏による解読
大野氏は、行政解剖時に採っていた血液の分析を東北大学の協力を得ながら進めた結果、アコチニン毒とテトロドトキシン毒との間に、互いの毒を弱め合う拮抗作用があることを解読した。
ここに拮抗作用とは、アコチニンは、Na+チャネルを活性化させ、テトロドトキシンは、Na+チャネルを不活性化させ、この二つを同時に服用するとアコチニンの中毒作用が抑制される。
しかも、テトロドトキシンの半減期(毒物の血中濃度が半分になるまでの時間)がアコチニンよりも短いため、拮抗作用が崩れたときに、アコチニンの毒が効く、ということを証明し、刑事裁判で証言した。ここに1時間40分の壁は崩れた。

(5)その後
夫は、最高裁まで争ったが、一審判決の無期懲役という結論が覆されることはなかった(2000年2月21日)。
収監された夫は、2012年11月大阪医療刑務所で病死。73歳でその人生の幕を閉じた。

(6)専門家の力
本件は、大野氏による行政解剖時の血液採取がなければ、間違いなく迷宮入りだった。
また、その後のアコチニンとテトロドトキシンの拮抗作用、半減期の違いに思いが至らなければ、夫が本件で有罪となることもなかった。
まさに専門家の類稀な直観と探求心が真相解明に寄与したといえる。
因みに大野曜吉先生は、現在、専修大学法科大学院で教授として元気に法医学を講義されている。

(7)夫の生い立ち
夫の父は、某国立大学の教授、戦後、戦地から戻った後は革新政党の運動に従事し、その間、妻は不倫に走り、子供の前で服毒自殺したとされる。
夫は、一度だけ父と同じ大学を受験したものの失敗し、その後、大学進学をあきらめた。
人生を振り返り、「~がなければ」ということはないものとは十分弁えつつ、夫に同情を禁じ得ない部分があることも事実である。
この点、安倍元首相を銃殺した山上被疑者についても、行為自体は決して許されることではないものの、その動機を知ると、一種の同情を禁じ得ないと、いう事と相通じるものがある。
因みに、評価は、人それぞれ、価値観の多様性の尊重である。しかし、評価の対象となる事実は、できる限り知っておいた方が良い。なぜなら、適切な評価をなしうるからである。

私達も、大野先生に負けぬよう、法律に関わる専門家として、日夜、直観と分析力、説明力を磨いております。皆様のお声掛けを心よりお待ちいたしております。